読書をしない子どもはどうなるのか【前編】



「うちの子、本は読まないけど頭はいいから大丈夫」と思っている保護者の方は以下をよくお読みください。

大学受験の現代文指導を15年以上続けてきて、
毎年、胸が締めつけられるような瞬間があります。
それは、ある生徒に対して、「今からでは、かなり厳しい」と伝えざるを得ない瞬間です。

〝不読〟の子どもたち
国語(特に現代文)が苦手な生徒の特徴、それはズバリ「本を読まない」がゆえに、「語彙力がない」「教養(雑学的知識)がない」「じっくりと思考することができない」ということです。
〝今までの読書経験=国語の教科書〟という生徒もザラにいます。

読書経験がないから、雑多な知識を知らない。多少なりとも戦前の小説を読んだことがあるならば知っているだろうことも知らないので、明治・大正期に書かれた物語文のイメージがまったく湧かなかったり、抽象的に書かれている評論文を自分の知識と紐付けて読むことが出来ず、ただただ文字列を眺めているだけだったり。

本を読まないので、読書を通じて自然と身につくはずの語彙力も身につかず、英単語帳に載っている日本語の訳語の意味がわからないという本末転倒な受験生もいます。

さらに、こうした「不読児童」はじっくりと思考しながら文章を読むことをしてこなかったので、複雑な思考を処理することがきわめて苦手とします。

大学受験予備校で15年教えてきた私の経験からすると、今の高校生の半分近くがこの状態です。エリート進学校にも当たり前にいます(お受験技術だけで首尾よくエリート校に入れただけで、本質的な国語力がないという生徒がそれです)。

「正しい解き方」を知っても、解けない
よくある反論があります。
「解き方のテクニックを教えてもらえば、点数は伸びるのでは?」
確かに、
共通テストや一部私大レベルであれば、
解法テクニックで補える場面はあります。
しかし、
難関大クラスの国語は違います。
表層的な読解では解答に至りつかない問いを立てることで、浅い読解しかできない受験生は簡単にふるいにかけられてしまいます。

「4000字」が長文になる時代
近年、指導現場で顕著なのが
読むことへの耐性の低下です。
入試現代文の本文文字数は多くて4000字。
文庫本なら見開き数ページに過ぎません。
それでも多くの高校生にとって、
それは「長文」であり、
最後まで通して読むには相当な集中力を要するものとなっているのです。

即時満足に慣れた思考回路
短い動画、断片的な情報、速い展開。
こうしたコンテンツに囲まれた環境では、
「すぐに結果が返ってくる刺激」に
思考が慣れていきます。
その結果、

• 結論まで時間のかかる文章を面白いと思えない脳になる
• 論理を追い続ける集中が途切れやすい脳になる

現代文で問われるのは、
地味で、時間がかかり、報われるまで我慢のいる思考(スロー思考)なのに、今の子どもたちの脳はそうした思考への耐性や適応力を喪失しているのです。

読書不足はいずれ「壁」にぶつかる
読書経験が乏しいまま高校生になると、
多くの生徒が、ある地点で成長が止まります。
それは能力不足ではありません。
必要な思考の“基礎体力”が、
作られていないのです。

 では、その基礎体力とは何なのか?


 そして、それはいつ・どこで育つのか?

次回【後編】では、
この「三つの壁」と、
小学生期が決定的な意味を持つ理由を具体的にお話しします。
「今なら、まだ間に合う」ケースと、
「もう取り戻せない」ケースの違いとは何か。
ぜひ、後編をお読みください。


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